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2017年カナリア諸島68テネリフェ5日目2

2018-04-15
By: truth
Posted in: カナリア諸島

書く、書く、書く。

 

旅日記を書く。

ランチ以外はひたすら書き続け、3時半にやっと昨日までの日記が書き終えました。

 

疲れたぁ。

でもやり遂げた達成感も強い。

 

この後は瞑想タイムをじっくり取る予定。

旅に出てから、なかなかゆっくりとした瞑想タイムは取れていませんでした。

 

今日はじっくり自分と向き合いたい。

 

固定概念覆しのためにも自分とちゃんと向き合いたい。

実は今利用している宿、モナステリオ デ サンアントニオに来てから軽い怖い夢を見ることが多々ありまして・・。その理由もちゃんと聞きたい。

 

瞑想に入ると自分のゼロに繋がるよりも大きくキリストの姿が映し出され、なかなか先へと進ませてくれません。

さらに瞑想前から感じていた、痛いような興奮があらわになり、号泣したい気持ちがうずきだす。

 

自分の中で起きている新しい浄化に向けて興奮しながら泣きながら願う自分、しかしそれを拒む自分の存在も感じます。

不安定な状態が続くもゼロへと向かうと気持ちが冷静に。

 

 

 

 

まずはこの地が私たちを受け入れてくれたことに感謝。

素晴らしい人たちに囲まれ、この地ならではの自然をまるまると見せてもらっています。

 

新しいものに出会い幸せな時間がそこにはあり、特別な思いをさせてもらっていることに敬意を表します。

そして新しいものに出会ったがために感じた問題や大変だった思いも一緒に解放します。

 

さらに瞑想の初めに感じた内側の興奮と湧き出る泣きたい気持ちを解放しようとすると、以前の自分がキリスト教の時代を生きた記憶に繋がります。

そこで得た葛藤が今の私にも影響していることを改めて実感です。

 

人に与える立場ということで得た湾曲した考えと、人から与えてもらうということを忘れた思い。

現実の自分の不安な点とその思いの重なるところ。気が付くと自分で自分を攻めていることに気づきます。

 

思いが渦巻きのように繰り返し、いろんな考えや思いが頭をよぎり、いつこの瞑想の終わるのかと不安になるほど。

しかし今日、1日で溶けなくとも瞑想は終わりの時を教え、混沌としていた私の思いも瞑想が終われば冷静が蘇ります。

 

自分の思いが現実を作り上げているにも関わらず、理解できない現実や感情押し寄せてくる。

それは自分ではまだしっかりと理解できていない思い込みがあるからこそです。

 

その時がくれば、それについて知るチャンスがやってくるので、そのチャンスを見逃さないようにしっかりと自分に耳を傾けます。

 

私は社会や現状を見る時、他人や外の世界を通してより、自分の内側に耳を傾けることが当たり前になっています。

 

今日理解した自分の混沌がまた一歩、先の解放に繋がるよういろいろと経験をして、内なる自己との理解を深めてまた一歩、次なる世界へと足を踏み入れたいものです。

 

 

 

 

瞑想を終えて、軽くミーアに話すとミーアからあることを教えてもらいました。

 

この宿に使われているモナステリオという言葉。

 

これ修道院を指すスペイン語。

 

教えてもらうまで気づきませんでした。

道理で宿内にキリスト像や絵が多いのかと理解です。

 

そして私の夢や瞑想との一致にも理解。

 

やはり全ての旅は用意されているのだと実感します。

 

今日は日曜日、こんなに爆竹や鐘が鳴り響いているのだからお店も休みかな。

家にある残り物で夕食。

 

282.JPG

 

ワインも入り、口は軽くなり今日の瞑想の詳しい内容や自分の考えについてミーアと話し、深いながらも軽く互いを知る大切な時間。

 

今日はゆっくりしたせいか、9時半、睡魔に襲われベッドへと引き戻されるのでした。

 

 

真実

 

 

 

 

 

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無空真実

真実は「葛藤の解放と純粋な自己なる創造の現実化」をテーマに日々、生きている気ままな幸せ人です。 瞑想を通し、感じたこと、学んだこと日々の経験から感じたこと、学んだこと。 様々なことを様々な形で自分の変化と共に歩む真実なりの方法をご覧ください。

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