うちの家の造りは変わっていた。
1階が母が経営していた美容院、2・3階が家なのだが2階には玄関が2つある。
1つは家に通じるものでもう1つは8畳ほどのトイレ・キッチン付きの部屋。お風呂はない。
実はこの部屋、設計当時、母が美容院の従業員が住み込みで働けるように作った部屋。
従業員さんが使っていた様子は見たこともなく、祖母が一時期一緒に住んでいた時使っていただけ。
後は私達の遊び部屋と化していた。
子供部屋は三階にあり姉と一緒。
もともと喧嘩が多い二人だったが、私が中学生になると性格の違いも明確になり不仲が表面化。
また思春期プライベートも確保したくなり、中三の時ちょっとずつ荷物を下ろし、2階の玄関別の部屋へと移動した。
快適だったぁ。
親が勝手に入ってこない部屋
(実際、私がいない間に部屋の取り調べは何度もあったが・・・)。
夜中家を抜け出してもばれにくい
(実際、朝待ち伏せされてボコボコにされたことはあるが・・・)。
21歳に一人暮らしするまでにお世話になった部屋だが、怖い体験は沢山あった。
一番最初に物質的に見えてはいけないものを見たのは小学3年生くらいの時にこの部屋。
夜一人で寝るのが苦手だった私は妄想を膨らませては不安に襲われていたこともあり、目に見えぬ存在も自らのアピールに丁度良い存在だったのかもしれない。
もともと見えないはずのものが見えてしまう母譲りの体質があった。
といっても見たいときに見るというよりいたずらされる程度に見えてしまう厄介なタイプ。
金縛りにあうとおかっぱ頭の昭和を感じさせる女の子がこちらを向いていたり。
金縛りの時にベッドから突き落とされたり、また両親と喧嘩して泣いている時にドア付近からそっと手が見えたり。
不要なものが見えてしまった後の母に相談するしかなかった。
思春期猛烈に仲が悪かったにもかかわらず。
なんせ母譲りの体質だから、小さな頃から彼女のいろんな体験も耳にしていただけに一番身近なわかり合える人だった。
ちなみに父と姉は目に見えるものにご縁がなく夜も苦労なくぐっすり眠れるタイプ。
そんな霊体験を繰り返したこともも夜型人間になってしまった1つの要因だっと言えよう。
(夜抜け出して日々の夜遊びには目をつぶり・・・)
実は高校生からだったか専門生になってからか今になっては忘れてしまったが、自分の部屋を通る音を見つけた。
まずは玄関からの小さな廊下が2回軋む、部屋の中に歩く音がして、部屋の壁沿いのCDステレオがギーギーと触れる音がする。
そしてキッチン、トイレへと抜ける音。
これが11時57分、必ず聞こえるのだ。
最初はわからなかった。
しかし寝るのが下手な私はこの時間まで起きていたし、音が結構ちゃんと聞こえる。
音がしてから時間を確認する。
それを何度か繰り返すうちにこのルーティーンを発覚した。
怖っ。
恐怖っ。
この音を聞きたくないがために家に帰りたくない。
ってかあまりにも日常になりすぎて、夜の12時が近いアラームのようになってしまった。
慣れても怖いんだけどね。
私は見えるよりも余計な音を聞いてしまうことのほうが多くて、逆に変に敏感になってしまう自分がいる。
その音は私は引っ越すまで続いた。
もともと持っている体質のせいでどこに行っても霊道(霊が通る道)になってしまうと言われた。
まぁそこで習ったのが通ってしまうのはしょうがないけど霊場(霊が溜まる場所)にはならないようにしようというアドバイスの元、石を利用するようになった。
部屋を浄化して、保つこと。
どこまで効果があったのかわからないけど石が家にあるというだけで心強くなったし、一人で寝る時も気持ちを落ち着かせるアイテムとして大活躍してくれた。
自己安眠にもその存在が持つ神秘さにも惹かれ、私は石の虜になった。
そして天然石のお店を開くようになった。お店を開店するきっかけは人それぞれ・・・・だね。
真実
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真実は「葛藤の解放と純粋な自己なる創造の現実化」をテーマに日々、生きている気ままな幸せ人です。 瞑想を通し、感じたこと、学んだこと日々の経験から感じたこと、学んだこと。 様々なことを様々な形で自分の変化と共に歩む真実なりの方法をご覧ください。
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